先日、WSET Diplomaの懇親会に参加してきました。
とある方とAligotéのワインを飲んだ時の感想が違ったので、今回はそのことについて少し考えてみましょう。


同じワインを飲んでいるのに、なぜ感想が違うのか
その日提供されていたBourgogneのAligotéを飲みながら、私は高い酸と独特の木や土を思わせるニュアンスを拾っていました。全然Chardonnayっぽさを感じず、Aligotéらしい癖のあるワインだな、と。
ところが、同席していた方は少し違う印象を持っていたようです。
「私にはChardonnayとあまり変わらないように感じます。」
では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。
「味覚には個人差がある」
こんな一言で終わらせられることが殆どです。もちろんそれは事実でしょう。
しかし、少なくともWSET Diplomaを受験するレベルになると、それだけでは説明しきれない気がします。
初学者であれば、経験者しか気付けない要素を見落としている可能性があります。醸造法や熟成由来の特徴を拾えていない、あるいはそもそも香りとして認識できていないこともあるでしょう。
一方で、今回のように双方が一定以上の訓練を受けている場合、味覚の差がそのままコメントの差になってきます。
WSETの評価軸
興味深いことに、ワインの評価は完全に主観的というわけではありません。
例えば、
- 酸が高い
- ボディが軽い
- アルコールが高い
といった構造的な要素については、経験を積んだテイスター同士であれば比較的意見が一致しやすいです。
違いが大きくなるのは、むしろその先です。
例えばWSETのテイスティングシートには、多数のflavor descriptorsが並んでおり、採点者との評価基準の共通化を図るために、試験ではそれらの中から使用することを推奨されています(Level 4は多少自分の表現を入れても良いことになっていますが、Level 3まではそれは推奨されません)。しかし、それらが本当に全員にとって共通言語になっているかと言われると、少々疑問です。例えば、
Gooseberry(グーズベリー)・・・日本人で実物を見たことがある人はどれくらいいるでしょうか。Cranberryですら酸っぱくて日本だと一般的に受けが悪く、市販されていることは少ないので馴染みがない。
Elderflower(エルダーフラワー)・・・和名は西洋ニワトコ。全く想像つきません。
Meat・・・実際にイギリス人講師のコメントを聞いていると、日本人が想像する肉の感覚とは少し違っています。
つまり、多くのflavors(特にprimaryで顕著)は客観的な事実というよりも、文化や経験を言語化した比喩なのです。
同じ香りを感じていても、
- Gooseberryと表現する人
- Green appleと表現する人
- Herbaceousと表現する人
が存在し得ます。
それでもなお、WSETがテイスティングを標準化しようと試みる理由は、そもそも商業が背景にあることを考えると理解しやすいと思います。
教育により「全員が同じ表現をすること」が最終目標なのではなく、ワインの品質や価値を商業の場で共有可能な形で評価することに重心を置いています。D2でビジネスが独立した項目としてあるくらいですからね。
ワインに使用されている品種やヴィンテージを当てることに焦点を置くのではなく、その結論に至った過程、論理展開を重視するのですね。実際、全然違うことを書いてもpassはします(私もその実例です)。
ワインと科学
この構造は科学にもよく似ています。
研究者が同じデータを見ても解釈が異なることは珍しくありませんが、重要なのは結論が一致することではなく、その結論に至る過程が検証可能であることです。論文の査読を経験したことがあれば、この基本的な姿勢は身についていることでしょう。
ワインに限らず、テイスティングも同じなのかもしれません。
同じAligotéを飲みながら異なる感想を持つ。これは決して誰かが間違っていたことを意味しません。
「何が違って見えたのか」を考えることこそが、テイスティングという営みの本質なのではないでしょうか。