ワインの文脈において、ミネラルと同じくらい頻繁に聞く言葉が「テロワール」ではないでしょうか。
「テロワールを感じることができる」「素晴らしいテロワールである」etc…しかし実際にそれが何を意味しているのかと問うと、明確に説明される場面は多くありません。
「土壌や気候、さらには人の営みまで含めた総体である」「天・地・人」といった説明を目にすることも多いですが、こうした定義は一見もっともらしく見える一方で、どこか曖昧さを残します。ワインが小難しいもの、というイメージに一役買っているのも頷けます。
この曖昧さは、単に説明が不十分だからなのでしょうか。
テロワールは曖昧なのではなく、曖昧であることによって機能している概念です。
テロワールの一般的な理解
まず、一般的にテロワールは以下のように説明されます:
- 気候(climate)
- 土壌(soil)
- 地形(topography)
- 人為的要因(human factors)
- 微生物環境(microbial flora)
これらが相互に影響し合うことで、特定のワインの個性が形成される、という考え方です。
この説明自体は間違っていません。しかし同時に、これだけではベクトルの要素が多すぎて結局何が言いたいのかわからない、という問題があります。
「総体」という言葉の問題
多くの説明が最終的に「総体」や「相互作用」といった言葉に収束するのは、単に説明が不十分だからではありません。テロワールという概念そのものが、明確に定義される対象ではないためです。
テロワールとは、
特定の区画における自然条件と人為的要因が相互に影響し合うことで成立する、有機的な枠組み
と捉えることができます。しかしこの枠組みは、単一の要素に分解できるものでもなければ、一つの指標で測定できるものでもなく、明確な境界を持つものでもありません。だからこそ、説明は常に抽象的にならざるを得ないのです。
テロワールは「自然」なのか
テロワールはしばしば、「その土地固有の自然」として語られます。しかし、ここには一つ重要な前提があります。どの要素を重視するかは、人間側が決めているのです。
同じ土壌、気候でもスタイルやブドウの出来によって評価は変わりますし、同じワインでも解釈の揺れがある(飲む人による)のは必然です。
つまり、テロワールとは自然そのものではなく、自然をどのように読み取り、価値づけるかという人間側の試みでもあると言えるかもしれません。
テイスティングにおける「テロワール」
ここで、よく使われる表現として「このワインからはテロワールを感じることができる」というものがあります。この表現は、一見すると本質を捉えているように見えます。
しかし実際には、複数の要素を一括して指しているに過ぎず、具体的に何を感じているのかを説明する言葉としては情報量が少ないと思いませんか?
例えば:
- 酸の高さなのか
- 還元的なニュアンスなのか
- テクスチャーなのか
のようなものがワインを特徴づける要素として挙げられますが、それが何か特定されないまま「テロワール」と言われると、解釈は読み手に委ねられてしまいます。
言葉としてのテロワール
前回の記事では、「ミネラル感」という言葉が複数の知覚をまとめた包括的な用語であることを指摘しました。テロワールという言葉もまた、同様の構造を持っています。
つまり、テロワールとは、複数の要素を統合的に解釈するための言葉である
と言えるでしょう。ただし、その意味を特定しようとした瞬間に、本来の姿が見えにくくなるのです(ちょっと違いますが、シュレディンガーの猫みたいですね)。
明確に定義しようとすると、何かが抜け落ち、広く捉えようとすると、曖昧になりすぎる。
このジレンマこそが、テロワールという概念の本質です。
結論
テロワールとは、特定の要素を指す言葉ではありません。総体、とも言及されますが、その本質は、自然と人間の相互作用をどのように理解するかという解釈の枠組みであり、思っているより遥かに抽象的な概念なのです。
テロワールに限ったことではありませんが、もしワインをより深く理解したいのであれば、その言葉の意味を一生懸命定義するのではなく、「その言葉がどのように使われているか」を観察するようにすると、見える世界が俄然広がってくることでしょう。